聖神社について




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名称
聖神社 ひじりじんじゃ

所在地
鳥取県鳥取市行徳2丁目705

聖神社は「聖(ひじり)さん」と呼ばれ、鳥取市民に最も親しまれている神社の一つです。

聖神社について


鳥取県東部、古くから城下町として栄えた鳥取市の中心市街地にある聖神社は、市内目抜き通りの商店街の大半を氏子にし、
氏子たちによる盛大な神幸行列が行われることで有名です。
また本殿は、県指定保護文化財に指定されています。
細部にわたって種々の彫刻が施され、当時の神社建築の粋を凝らした造りになっています。
境内にある社叢のうち大イチョウと大ケヤキは「聖神社社叢」として鳥取市指定保存樹林に指定されています。
神社の木材はケヤキの白木材を使用。
正面の桟唐戸には「波にタイ」、背面と両側面には「巨巌に波浪の図」「タカとイノシシの図」を彫ったケヤキの厚板がはめ込まれ、本殿の軒下には十二支が彫られています。
春、秋の祭りには伝統の麒麟獅子舞が奉納され、このうち春祭りは氏子が屋台を引いて町内をねり歩き、「神幸祭(みゆきさい)」と呼ばれています。

御祭神
●邇邇藝命(ににぎのみこと:天津日高日子番能邇邇芸命)
●日子穂穂手見命(ひこほほでみのみこと:天津日高日子穂穂手見命)
●事代主神(ことしろぬしのかみ:言代主神)
聖神社は、昭和九年刊の『鳥取懸神社誌』によると、天津日高日子番能邇邇藝命、日子穂穂手見命、事代主神の三柱を御祭神としている。
ところが、寛政七年(一七九五)の『因幡志』には「社殿に曰く、祭神二座吾勝尊、瓊瓊杵尊」とある。
すると、冒頭第一に登場する「吾勝尊」といわれた神が「聖(日知り)」として信仰されたことから、
聖神社として命名されたのであろうか。このあたりのことは、あまり明確ではない。


【御祭神について】


邇邇芸命(ににぎのみこと)
『古事記』では天津日高日子番能邇邇芸命(あまつひこひこほのににぎのみこと)と記述されている。
天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫(天孫)にあたり、葦原中国(あしはらなかつくに:高天原に対してこの世、または日本の事)を統治するため高天原から地上に降りたったとされる。
(いわゆる「天孫降臨」)木花之開耶姫(このはなのさくやひめ)を妻とした。神武天皇の曾祖父にあたります。
邇邇芸命はこの鹿児島県霧島町の霧島神宮のある高千穂の峰に降臨なさったと伝えられます。現在その場所には天逆鉾(あめのさかほこ)が刺さっています。

邇邇芸命の親
•天忍穂耳尊 父
•栲機千々比売神(栲幡千々姫)母

邇邇芸命の子
•火遠理命(山幸彦)
•火照命(海幸彦)
•火須勢理命

邇邇芸命の孫
•鵜葺屋葺不合命

邇邇芸命のひ孫
•神武天皇

邇邇芸命を祭神とする神社
•椿大神社(猿田彦大本宮)
•小野神社
•天津神社
•射水神社
•新田神社





日子穂穂手見命(ひこほほでみのみこと)
『古事記』では天津日高日子穂穂手見命(あまつひこひこほほでみのみこと)又は火遠理命(ほおりのみこと)とも呼ばれる。
山幸彦として知られ、浦島太郎のモデルとも言われる。
邇邇芸命と木花之開耶姫の三男で初代天皇「神武天皇」の祖父。
稲作の神として日本各地で崇敬されている。
『古事記』によると、邇邇芸命と木花之開耶姫との子で三男。
邇邇芸命に「自分の子ではない」と疑われ、木花之開耶姫がその疑いを晴らすために産屋に火をかけて、その火の中で生んだ三人の子の末で、火が消えかけた時に生まれたので火遠理命(ほおりのみこと)と名付けたとする。
兄に火照命(ほでりのみこと)(海幸彦)、火須勢理命(ほすせりのみこと)がいる。
大綿津見神の娘のトヨタマビメ(豊玉毘売)を妻とし、「日子波限建鵜葺草葺不合命(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)」をもうけた。
高千穂宮で伍佰捌拾歳(580年)で亡くなったとある。




事代主神(ことしろぬしのかみ)

八重言代主神とも呼ばれる。
大国主(おおくにぬし)とカムヤタテヒメとの間に生まれた。
七福神の恵比寿とされている。
託宣の神として皇室ひいては国を守護する御巫八神(みかんなぎはっしん)の一人。
国譲り神話において釣りをしていたことから釣り好きとされ、海と関係の深いえびすと同一視され、海の神、五穀豊穣商売繁盛の神、としても信仰されている。七福神の中のえびすが大鯛を小脇に抱え釣竿を持っているのは、国譲り神話におけるこのエピソードによるものである。
恵比寿として商売や漁業だけでなく福の神として日本各地で崇敬されている。






参考 開運八社巡り


古来「たたらの地」として栄えた鳥取県中西部(旧・伯耆國)には、縁起の良い名前の神社が数多く残されています。
そんな数多くの神社の中から、毎年その年の干支にちなんで選定される「八社」を巡るのが「開運八社巡り」なのです。


出典: https://twitter.com/yamaguchihi0204
「たたら」とは昔の製鉄技術のこと。
この「たたら」がうまくいくようにと願った名前がついている神社が鳥取県中北部にはたくさんあります。
開運八社の中には「ささ(砂鉄)」や「ふく(吹く=製鉄炉への送風)」といった「たたら」製鉄の成功を祈って作られた神社も多くあるのです。


http://www.pref.tottori.lg.jp/242860.htm



聖神社
開運・繁栄をもたらす
鳥取市行徳2丁目705 
鳥取駅より「鳥取市100円循環バス くる梨」赤コースに乗車、聖神社北門前下車。(鳥取駅より約25分)



一、福富神社
幸運と富貴を招く
倉吉市福富326
JR倉吉駅バス停より北谷(下)線国分寺経由中野上行き乗車、福富下車、徒歩5分。(倉吉駅より約40分)
関連サイト
鳥取県観光案内とっとり旅の生情報「福富神社」
創立年代は不詳。古くより八王子大明神と称し、福富部落の産土の神としてお祀りされてきました。
明治維新の際、福富神社と改称し村社に列せられました。


二、福積神社
福が積み重なる
倉吉市福積719
JR倉吉駅から高城(下)線 大立行き、福積バス停下車、徒歩10分
倉吉白壁土蔵群観光案内所 TEL 0858-22-1200
JR倉吉駅内観光案内所 TEL 0858-24-5370アクセスJR倉吉駅から車で約25分
鳥取県観光案内とっとり旅の生情報「福積神社」
旧王子権現と称していたが、明治元年神社改正の際に福積神社と改め村社に列せられました。
幸運がどんどん積み重なることを祈願しながら、社殿までの長い階段を上りましょう。


三、豊榮神社
豊かさと繁栄を招く
琴浦町勝田245
赤碕駅バス停より琴浦町内(船上山)(下)線少年自然の家行き乗車、佐橋入口バス停下車、徒歩3分
関連サイト
鳥取県観光案内とっとり旅の生情報「豊榮神社」
集落の南側、見通しの良い田畑の中に鎮守の森を構える趣のある神社です。



四、富益神社
富貴が増す
米子市福益町936
米子駅バス停より外浜(下)線 境港駅行き乗車、富益神社前バス停下車(米子駅より約30分)
関連サイト
鳥取県観光案内とっとり旅の生情報「富益神社」
萬延元年に歓請、創建。集落内にある小さな神社で、地元の方に大切に守られています。
鳥居には大きな茅の輪が設えられています。
古くから「印賀鋼」など全国的に有名な玉鋼を産出し、たたら製鉄で栄えていたこの地は、良質な玉鋼の原料となる砂鉄が採れる山が多く存在します。幸せを呼ぶピンク色の招福袋が販売されるなど、福が栄え、幸せを呼ぶ神社として注目を集めています。


五、金持神社
金運上昇
日野町金持74 map
アクセス
JR根雨駅より、日野町営バス板井原・真住線乗車、金持神社前下車。(根雨駅より約30分)
鳥取県観光案内とっとり旅の生情報「金持神社」
金持神社は金運祈願・開運祈願で有名な神社です。

天之常立尊(あめのとこたちのみこと)、八束水臣津努命(やつかみずおみずぬのみこと)、淤美豆奴命(おみずぬのみおと) を御祭神とし、国土経営、開運、国造りの神様をお祀りしています。古くはこの地の豪族、金持景藤は、1333年、隠岐を脱出された後醍醐天皇を奉じて討幕の軍に参加し大活躍しました。その際、金持神社に必勝祈願し、神前の戸帳を御旗にしたと伝えられています。
開運伝説もある金持神社には多くの参拝客が訪れます。
中には参拝し商売がうまくいった、ロトが当たったなどの開運話があるそうです。
金運祈願・開運祈願で有名になった今は、人気のスポットになっています。

金持神社札所
金持神社お財布や縁起のよい扇子等の開運グッズや「オシドリ」の愛らしいグッズを取り扱っています。
「オシドリ」は、鳥取県鳥で、金持神社から車で約5分程の場所にオシドリ観察小屋があります。


六,福成神社
福に成る、成功祈願
日南町神戸上2317
JR伯備線「上石見駅」から車で約5分。(日南町デマンドバス利用?)
鳥取県観光案内とっとり旅の生情報「福成神社」
創建は不明。本殿、弊殿、拝殿、随神門、参籠所があり、社殿から境内を望むと正面に大蔵山が広がります。
「荒神神楽」はここから伝わったと言われています。
災い転じて福と成す!成功祈願に訪れる参拝客が多く見られます。


七,福榮神社
幸運を呼び込み、繁栄を招く
日南町神福1247
日南町営バス福栄線乗車、福榮神社前下車


八,楽楽福神社
楽しい生活と幸福を招く
日南町宮内1101
日南町営バス多里線乗車、宮内東県社前下車。
鳥取県観光案内とっとり旅の生情報「楽楽福神社」
人皇第七代孝霊天皇を主神とし、其の御一族を祀る旧県社。
古くは鉄精算の祖先神として崇敬された日野郡開拓鎮護の総氏神であり、創建は千百年以上の昔と伝わっています。
開運招福・願望成就の福の神として人々の崇敬も厚く、たくさんの人々が訪れています。














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